コロナ禍の国際バカロレア履修。私が得た気づきとは

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DP履修中の16歳が語る、国際バカロレア校のリアルな日常

名前
木村紗羅/Sara Kimura
所在地
パリ
お仕事
International School of Paris 学生
URL
International School of Paris

昨年初めから、新型コロナウイルス感染症の拡大により、世界中で困難が続いています。コロナ禍で国際バカロレア・DPコースをパリで履修中の木村紗羅さんも、もちろんその影響を受けています。コロナ禍での学生生活、厳しいロックダウンを経験して得たこと、気づいたことについて今回は語っていただきます。

【DP履修中の16歳が語る、国際バカロレア校のリアルな日常】私の暮らすパリでは、2020年3月中旬に外出禁止令が出され、それと同時に学校も閉鎖になりました。
あまりにも唐突に決定されたため、フランスでは、教員と生徒が共有できるヴァーチャルコミュニケーションツールの導入に間に合わなかった学校が多く、2ヶ月以上授業が受けられなかった生徒が全国にいたと聞きました。私の学校では、外出禁止令の出る前に、全校生徒にZoomをダウンロードさせたため、ロックダウン初日から通常のように授業が受けられたのが、不幸中の幸いでした。

【いきなり露見した、国際バカロレアのオンライン授業の弱点】
スムーズにオンライン授業が開始されたとはいえ、当然、実際に会って交流するのと、ヴァーチャルで話し合うのとでは、コミュニケーションの質がまったく違います。また、国際バカロレア教育は、通常の教育システムよりもさらに生徒と教師のディスカッションを重要視しているため、正直困難なものでした。

対面授業でディスカッションを行うときに必須なアイコンタクトや、話し方の迫力も、画面越しでは熱が半減してしまい、長い授業で集中力が続かないという生徒が大半を占めてしまいました。そのため私の学校の先生の多くは、通常1時間半の授業時間を45分程に減らし、残りの45分を、短めなグループワークを行う、という授業法に変更。
例えば、人類学・社会学の授業では、サステイナブルでない漁業の現実についてのドキュメンタリーを鑑賞し、それについて3人程のグループでメモを取り、学びを話し合うというような授業を実践しました。

また、授業をよりクリエイティブなものにする工夫をすることで、クラスに活気を与えようと努力して下さる先生もいました。
その中でも特に印象に残ったのは、サイファイ文学作品に関するパネルディスカッションを行った英語の授業です。
具体的には、まず3人ずつのグループに分けられ、グループで話し合って役柄を設定。例えば未確認生物を扱うCIAの一員、戦後にサイファイ作品を書いた売れない作家、サイファイ映画の著名な監督など、皆想像を膨らませて、それぞれの役になりきり、先生の与えてくださったテーマについて、その役ならどう考えるかを決めます。
このプロセスは4回の授業に分けて行い、パネルディスカッション当日はZoomの背景を自分の役柄に合う画像にし、装いも作家ならメガネと万年筆を持って、などと、まるで演劇みたいに授業に参加。そしてグループの名前が呼ばれると、クラス全員の前で、3人がサイファイについてディスカッションを繰り広げ、時間が終わると他の生徒も加わって議論を盛り上げるといったものでした。
すごく新鮮な課題で、やり応えもあり、オンラインだからこそできる授業だなと感激したのを覚えています。

【国際的なイベントや交流の中止について】
私は2020年3月に予定されていた詩の朗読の大会「Poetry by Heart」に出場したいと思っていたため、学年を代表できるよう、2020年2月は、詩の暗唱に時間を費やしていました。フランス中から詩の好きな生徒の集まるこの大会には、過去に出場経験があり、そのときの評価がとても良かったため、「今年もまた!」と思っていたのでした。
ですが、実は2月最後の週末に、やはり2020年大会の詩のチョイスがしっくりこないと思い、予選の出場を断念したのでした。詩が好きだからこそ、心に響かない詩を暗唱しないといけないことに違和感を感じたのです。
先生にそう伝えると、とても残念がられましたが、最終的には私の選択を理解してくださいました。正直、推薦を得られたイベントの出場を断ることは初めてだったので、少し複雑な気持ちだったのですが、そんななか、新型コロナウイルス感染症の患者がヨーロッパにも増えているというニュースを受け、最終大会は中止となりました。
妙なタイミングでしたが、それを聞いて、負担に思っていたことが吹き飛び、次回はぜひ出場しようと心を決めることができました。

また、私は参加予定ではなかったのですが、模擬国連のニューヨーク大会が3月に予定されていたらしく、それも中止となったとき、たくさんの級友が落ち込んでいました。

【ロックダウンによる休校でいちばん辛かったこと】
ロックダウンによる休校で、いちばん辛かったことは、やはりまるまる3ヶ月、友達と直接会えなかったことです。
完全な外出禁止は、日本の緊急事態宣言とは違って、本当に家の外で人と接触することができなかったので、ロックダウンが終わって最初に友だちと会ったとき、思わず泣いてしまい、ヴァーチャルでは伝わらないものもあるのだなと、強く感じました。

【ロックダウンによって得たものや挑戦できたこと】
私は幸いにも、ロックダウンを良いきっかけに、外出禁止令の出された初日から自分を見つめ直すことに時間を有効に使い、今まで忙しくて手がつけられなかったことに挑戦してみる機会が生まれました。国際バカロレア校に通うようになってから手をつけられていなかったギターの練習、試してみたかったベジタリアン・ヴィーガン生活、YouTubeで見つけたDPの経済学についての基本レッスンに朝ヨガまで、今まで時間的余裕の不足で挑戦できていなかったものを片っ端から始めました。
家からほとんど1歩も出られないことに気がまいってしまうことも当然ありましたが、毎日の生活に良いリズムを固定させることで、なんとか実りの多い3ヶ月を送れました。

現在私がコアメンバーとして活動している3つの大型プロジェクト、Reset Revolution(社会正義について検知を深める学生プラットフォーム)、Veducate Japan(ヴィーガンライフスタイルの魅力について発信している学生グループ)、パリもん(フランス文化を日本語で発信している活動)のやる気の種は、その3ヶ月間の間に養えたのだと強く感じます。自分に向き合う時間が多くあったロックダウン中、自分にとって大事なもの、そして優先順位の低いものの整理がついたからです。

常に3つのうちのどこかのプラットフォームで発信をしていないといけないため、DP履修中でも続けられていることには、自分でもとても驚いています。しかし、それはロックダウンがあったおかげで生まれた気力のおかげだと、つくづく感謝しています。

【コロナ禍の受験生に降りかかった困難】
ロックダウンの影響で、2020年のDP卒業生は、5月に受けるはずの最終試験に挑むことができず、通常は成績の20%程のみを占めるIA(Internal Assessment)、すなわち学校外で行う課題が、急遽最終成績のほとんどを決めることになってしまい、頭を抱えている先輩は本当に多く見ました。
生徒によっては、あまりに不満足な最終成績だったため、国際バカロレアを受け直す例も今年は多いようです。
また、私の学年、2022年卒業の生徒は、地域によって大きな偏りがあります。
例えば、南アメリカでDP生をしている友人に聞くと、なんと学期が始まってから、一度も対面授業をしたことがなく、授業の進み具合が大変遅れているようです。また、そこでの転入生はさらに不利で、もうDPが始まって半年近く経つのに、一度も会ったことのない級友が大勢いるそう。
それに比べると、私の学校は幸いにも、2020年の9月以降、一度も閉鎖されておらず、移動教室以外は、基本的にコロナウイルスが蔓延する前のような授業を受けられています。
このように、国際バカロレアは世界共通の教育システムであるため、地域による不利有利が最終試験に大きく影響し、2022年の試験はそのことを配慮して、試験スタイルを変える可能性も十分あります。どこにいても最新情報をアップデートしておくのが大事だと思います。

<連載概要> 「国際バカロレアの日々の学び」を実際の学習現場からお伝えする、木村紗羅さんの体験日記はこちらより
DP履修中の16歳が語る、国際バカロレア校のリアルな日常

       
  • オンライン授業はzoomで

  • ロックダウンを内省の時間に当てて

  • 菜食・ヴィーガンライフに開眼!

          
  • ヴァーチャルでも友情を育んで

   
  • Zoomで行われたオンライン授業。やはり画面越しだと、皆、口数が少なくなり、ディスカッションも教室での授業に比べると盛り上がりに欠けたため、先生方の機転により、少人数でのグループワークが増えました。

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  • ロックダウン期間中は、もちろん精神的に辛いこともありましたが、自分自身や行動を見直すいい機会になりました。昨年の春、オブジェで飾った自宅テラスの様子。

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  • ロックダウンは、自身の食生活を見直すのにも良い時間でした。以前から興味のあった菜食・ヴィーガンについてもじっくり学ぶことができ、空き時間にはクッキングも楽しめたのは、今の活動にも繋がるものとして有意義だったと思います。

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  • コロナ禍において、やはりいちばん辛いのは友人たちと自由気ままに会えないことです。でもテクノロジーの力を借りて、友人たちと楽しい時間を過ごすことも忘れません。

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