子ども時代を重ねて振り返って、「お受験」の意味を考える

俳優 野波麻帆、オシャレも遊びも満喫の家族時間
- 名前
- 野波麻帆 / Maho Nonami
- 家族
- 4人(8歳と6歳の女の子)
- 所在地
- 東京都
- お仕事
- 俳優、「himher」デザイナー
- URL1
- 野波麻帆(@mahononami)Instagram
- URL2
- himher
【俳優 野波麻帆、オシャレも遊びも満喫の家族時間】
小学3年生と1年生の娘達は、先日前期の授業が終わり、只今秋休み真っ只中。気づけば急に寒くなってしまって慌てて暖かいブランケットを出したり......。今年の秋は短くあっという間に1年が終わってしまいそうです。
小学3年生長女のまわりでは少しづつ、「中学受験」のワードがチラホラ飛び交うようになってきました。公立小学校に通っている長女が受験をしたのは、3歳の時の幼稚園受験のみ。その時住んでいた家から、歩いて3分の所にあった私立幼稚園は、園庭が広く、子ども達が伸び伸び遊んでいたので、その様子を娘と主人と一緒に見ていて、「ここが良いかもね」と話し合い、受験し無事入園しました。
長女が年中さんの時、私自身が小学校のお受験を経験していた事もあり、その時の思い出としては楽しいものだったので、「させてみても良いのかなぁ」と、なんとなくお受験の塾に行ってみたりもしました。お受験教室の彼女は、やはり私と同じくとても楽しそうで、あまりプレッシャーにも感じず伸び伸びやっていたように思い、「それなら、ちゃんと彼女に合いそうな学校を探してみようかな......」と、何校か見に行ったり説明会でお話を聞いてみたり......。
ただ、良いかなぁと思う学校は自宅から遠く、何よりも1番心配になってきたのが通学路の問題。都心部に住んでいるとどうしても大きな駅を通らざるを得ない。もし災害などでライフラインが止まり、連絡が取れなくなってしまった場合、やはり小学生の小ささでは危険が多過ぎる。バス通学できる学校など色々な可能性も考えましたが、最終的には主人と話し合い、やはり小学校のうちは1番家から近い、歩いて行ける公立の小学校にしようと判断。年長さんになってすぐ、塾もすべて辞めて小学校のお受験も辞めたのでした。
今のところ、自宅近くの公立小学校に通う娘達は、環境や友達にも恵まれ学校生活が毎日がとても充実している様子。長女は3年生の前期にはじめての学級委員に立候補し、票を得て放課後も委員会活動などとても忙しそうです。
今月末学校周辺の地域でやるハロウィンフェスティバルにも、仲の良いお友達と一緒に仮装して練り歩く予定。毎日電車に乗って40分以上かけて学校に通っていた私は、ご近所でのお友達が少なくお家に帰ったら1人遊び。学校帰りに遊ぶという事はほとんどなかったので、娘を見てると「良いなぁ〜、楽しそう〜」と羨ましく思う時が多々あります(笑)。
さて、時は戻って、そんな私の幼少期はというと.....、私はシスターのいるカトリックの私立幼稚園に通っていました。幼稚園受験の記憶は幼過ぎてありませんが、鮮明に覚えているのは小学校受験のあの日。受験番号を胸につけられ、紺のワンピースを着て母と父に見送られ、先生に連れられお教室に入っていった時の、不安とちょっとの好奇心。幼いながらもここが本番なんだと感じたこと、一体何が起こるんだろうという緊張と興奮が入り混じった、あの時の感情の記憶。
この日の為に、幼稚園が終わってから母とお教室に行き、折り紙や蝶々結びの練習、季節のお話や図形のお勉強、ある時から週に何回か通っていました。6歳だった私はそんな日々が楽しくて、まったくつらかった記憶はなく、友達がお稽古で使うビー玉を飲み込んじゃって大騒動になった事や、お稽古が終わった帰りにお教室の友達とお母様達と、たまに外食したりするのも楽しい理由だったように思います(笑)。
その後キリスト教の女子小学校へ進学。エスカレーター式で高校3年生まで行けるところを、中学3年生で俳優になるという夢を追いかけ、高校は自ら芸能活動コースのある堀越学園高校へ進みました。
「俳優になりたいから学校を移りたい」と言った時、両親は反対せず、私の見つけた夢を心から応援してくれました。そのお陰もあって「東宝シンデレラ」というオーディションに合格し、今に至ります。そして今も尚、好きなことを仕事にできていると言う事は、とても幸せなことだと改めて感じます。
親になったからこそわかる両親の気持ち。この時の両親の心情を考えると、本当に感謝しかありません。
私は受験に関しては、否定的でも肯定的でもどちらでもありません。その子に合ってればそれで良い。私的には、子どもは子どもらしく。今こそ遊ぶ事が学びの時期、だと思っています。大人になると何もない空間の中で、じゃあ遊ぼう、と言うことができない。何かがないと遊べないのです。
でも子ども達は、何もない場所から自分たちで想像し描き作り出し、ただただ広い原っぱで走り回れる。その中で人とのコミュニケーションの取り方、自己主張や意思表示の仕方を学びます。ひとり遊びでは修得できない、人として社会の中で生きていく上で1番大切な事を勉強しているように思います。
私立小学校を受験し、毎日往復1時間半以上かけて電車で通い、毎朝礼拝堂で聖歌を歌い、お祈りをしてから授業が始まる、厳かで平和だった私の学校生活。そんな私の小学校低学年までの生活と長女の公立小学校での生活の中での幸せ度は何も変わらない気がしています。
女子校で男の子と走り回って一緒に遊ぶ事もなかったので、今の長女が男女関係なく一緒に遊ぶ姿は純粋に心が健康的だなぁと思うし、ジェンダーレスな子がいてもまったく差別的ではなく個々を尊重して付き合っていて素敵だなと、思います。
もちろん、私立校の設備が充実していたり、授業内容が公立とまた違っていたりする点はありますが、小学校3年生までは大きく差はないかな、と思うのが本音。高学年になると私立では中学校で勉強する事も授業内容に入ってくるし、エスカレーター式なら特に中学受験で入ってくるレベルの高い生徒達に合わせられるように、急に授業が難しくなっていく現実がありますが。
そしてエスカレーター式とはいえ、基本的にどの進学校も成績が芳しくない生徒は、学校側からトントンと肩を叩かれ、塾へ行くなり他の学校へ転校するなりのお達しがあります。エスカレーター式の学校へ入れたからと言って、安心して進級できるとは限りません。私の通っていた学校は、3〜4年生になると中学校で遅れを取らない為にほとんどの生徒が塾に通っていました。公立小学校へ通い中学受験を目指す生徒達とあまり変わらないような気がしています。
今、都内は受験戦争。小学校受験、中学校受験、そして高校、大学.....。子を持つ親となると、受験というイベントを避けて通る事はなかなかできません。実際私の友人達は、小学校受験、中学受験、高校受験の真っ只中です。
ただどんな状況においても、必ずしも子ども達は親が引いたレールの上で真っ直ぐ歩いていく保証はありません。そしてもちろん、良い学校に入ったからといって子どもが幸せになるわけでもありません。親の期待だけが先回りして、その期待に到達できない子どもに落胆したり、その期待で子どもを苦しめたりするのは本末転倒。誰よりも子どもを理解し、世界が敵にまわっても必ず味方でいてあげられるとことが、親の特権だと思っています。
小さくたって子どもは一人の人間です。そこには人権があります。親の分身でもなければ、もちろん親の所有物でもありません。彼等の個性を大事に、理解し信じてあげる事が子ども達の心を育てると、私は思っています。
「中学校受験」。まだ長女はピンと来てないようで、まだどうしたいかわからないようです。彼女の意思を尊重し、行きたい学校、やってみたい事、コミュニケーションを取りながら見つけていきたいと思っています。
そしていつか、やりたい仕事や、追いかけたい夢ができた時、私の両親がしてくれたように、心から彼女を信じて応援してあげたいなぁと、まだ小さな背中を見ながら思う、今日この頃です。
〈野波麻帆さん連載〉
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