夢見る心と空想世界、子どもが"ものを欲しがる"ということ

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子どもの未来をクリエイトする、国際政治学者の個性派子育て

名前
三浦瑠麗 / Lully Miura
家族
3人(9歳女の子)
所在地
東京都
お仕事
国際政治学者
URL
三浦瑠麗(@lullymiura) Instagram

子どもの未来をクリエイトする、国際政治学者の個性派子育て

その店はたしか、「きしや」という名前だったと思います。住宅街のなかに立ち並ぶこまごまとした商店の中にあって、私の日常生活の中のハイライトでした。ちいさいときによく祖父に連れて行ってもらっていた文房具店です。めいめいが「千円まで買っていいよ」と言われ、私たち上3人の兄妹は、紙風船やら、ビー玉やら、シールやらを大騒ぎして選び、細かいギンガムチェック柄の薄い紙袋に入れてもらった戦利品を胸に抱きしめて帰るのでした。

駄菓子屋というものはもうずいぶんと街で見かけなくなったけれども、いまでも文房具店だけはどこの商店街にもあって、子どもたちがたむろしています。もちろん文房具店は文房具だけを売っているのではなくて、子どもたちが欲しいものがひと通りそろっている。"クリスマス・お誕生日未満、学用品以上のもの"といったらここ、という感じ。

祖父は甘いようでいて、比較的きちんと線を引く人で、バービー人形やシルバニアファミリーのような"大物"のおもちゃを日常私たちに買うことはなく、必ず、「クリスマスまで待ちなさい」と言うのがきまりでした。

あの色とりどりの千代紙や、何でもないプラスチックの指輪、小物入れを作る工作セットなどの輝いていたこと! 細く短いストローの先に接着剤のようなネバネバを塗り付けて膨らませる「チカバルーン」。何の役にも立たないと親からは見えるかもしれないけれど、わくわくしてひとしきり夢中になったものでした。

"もの"がない、というのはわが家では当たり前のことでした。はじめてもらったバービー人形は、九州の祖母の家で親戚がくれたもの。そのひとつだけのバービーに注ぎ込んだ空想の世界は、広い広いものでした。リリアンで編んだ紐や布の端切れでこさえた人形のドレス。虫のような字で書いたお人形のレストランメニュー。

それだけに、本物そっくりにできたプラスチックのミニチュアブラシやジュエリー、哺乳瓶や注射器などの、"製品"を手にしたときの憧れたるやありません。お手製の不格好な服など比べ物にならないような人形のドレスも。ショッピングセンターに親の買い物でついていくたび、半年も1年も前から、クリスマスにはサンタさんにあれを頼もう、これを頼もうと思うのでした。ただ、サンタさんがくれるものの範囲はたいてい決まっていて、素晴らしいものもあるけれど、鉛筆を除けばキャラクターものはほとんどなかったし(1度だけキティちゃんのグッズが入っていたことがあり、大騒ぎしました)、魔法のような贅沢なものはありませんでした。

大学に入ってからは色々おしゃれもしたし、大人になってから美食もジュエリーもたくさん楽しみました。それでも、私の頭の中の空想世界の方が現実よりもどんどん先へ先へと展開して行くのは変わらず、あれこれと夢を見てずいぶんと無駄遣いも経験したように思います。背伸びをした分だけ、身の丈に合わないものを求めたり、自分のスタイルを次から次へと変えてみたり。

娘を育てるようになって、初めての親がよくするように、私はベビー服にもおもちゃにも大枚をはたきました。ベビーベッドはこげ茶のヨーロピアンデザイン、おむつストッカーやタオルなどもイギリスの「Mamas&Papas」のサイトで上品な生成り色のリネン類を揃え、昔ながらのバスケット型のコッドの上には、眠たそうな顔をした羊さんがオルゴールとともに揺れていました。木製の赤いおままごととキッチン、無垢の木を削り出して作った子ども用のテーブルとイス。はじめての誕生日には、風船やリボンや包み紙が部屋中に散乱し、おばあちゃまにいただいた水遊びセットを口でかじって開けようとする娘を笑いながら抱き取る私。すべてが満ち足りて、まるで子どもの日の「きしや」のように、輝いていました。

なりたい私、を追い求めて外の世界の華やかさに向かっていた時よりも、いま、ここ、を尊び、慈しみ、親バカをいかんなく発揮することのなんと幸せなこと。

私の幼児期よりもふんだんに、"もの"がある家庭で育った娘は、かつての私のようにプラスチックの人形の小物に目を輝かせたりはしません。ものひとつひとつに込められた幻想も少ないのでしょう。その代わり、彼女は自分がまだなれないお姉さんのスタイルブックと、素晴らしいガーデニングの本に幻想を込めているようです。彼女が好きなのは、昔の暮らし。ターシャ・チューダーの伝記を読んで、ターシャがヤギを育てるところから自前で生活を営んでいることに目を輝かせます。中原淳一のスタイルブックは目を皿のようにして読みながら、「これを自分が着られる型紙にできたらどんなにいいだろう」と、言うのです。

私が、実際にはどんなに豊かな生活をしていたのか、娘に気づかされることも多い。手作りのねじり揚げパンがじゅうっと音を立てて中華鍋の中で裏返るのを、おなかをすかせて待ちかねる。産みたての卵を集め、目玉焼きを作る。自分が着られなかったガーリッシュな可愛い服を妹に着せたくて、始終ミシンを動かしていた日々。

ものがなくとも子は育ちます。新しい世界を追い求めて、ものを欲するのも自然なこと。ただ、そのひとつひとつに驚きや喜びを取っておくためには、ふんだんにありすぎるとかえって効果が薄れてしまいますよね。物欲をただ否定するのではなく、子どもが夢を追い求める領域をどこかに残しておいてあげることが、一番大切なことなのではないでしょうか。


〈三浦瑠麗さん連載〉
子どもの未来をクリエイトする、国際政治学者の個性派子育て

       
  • 子ども部屋

  • バスケット型のコッド

  • イギリスのガーデンにて

          
  • 木製のおもちゃ

  • 子ども部屋

  • 生まれてすぐの子ども部屋です。ヨーロピアンデザインのベビーベッド、同じ木製の衣装ダンスの上にはおむつチェンジャーも。おむつストッカーやタオルなども上品な生成り色のリネン類を揃えました。

  • 新生児の娘が眠っていたのは、バスケットタイプのクーファン。

  • 娘は、幼いころから庭園が大好き。ここはイギリスのキューガーデンのバラ園。

  • 軽井沢の家には、娘のための小さなおままごとキッチン、そのとなりには同じく木製のドールハウスがあります。

  • こちらも、軽井沢の子ども部屋。本棚の横には、大好きなミフィーのランプが置かれています。

  • 本棚には、娘を空想の冒険旅行へといざなってくれるさまざまな本が並んでいます。