気持ちをほどく母娘ふたりの時間に、三つまで話しましょう

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子どもの未来をクリエイトする、国際政治学者の個性派子育て

名前
三浦瑠麗 / Lully Miura
家族
3人(10歳女の子)
所在地
東京都
お仕事
国際政治学者
URL
三浦瑠麗(@lullymiura) Instagram

子どもの未来をクリエイトする、国際政治学者の個性派子育て

仕事が終わっていったんオフィスから娘を連れて家に戻り、猫にごはんをやって18時半すぎにレストランに滑り込みました。ここは、よく家族の誕生日にも訪れる昔ながらのイタリアンの名店。いつもちょっとよそいきのワンピースなどを着てくるところなので、娘はどうして今日はここなの?というふうでした。この店での会食が相手の病気でキャンセルになり、急に穴をあけるとお店に気の毒だと思ったので、せめて娘と二人で...と思って予約しなおしたのです。

車中で、バッグから出してくれと猫が鳴くのをわたしが話しかけてなだめると、「相手するともっとうるさくなるよ! だからやめて!」と強い口調で言うので、こっちはしばらくむっとして黙っていました。学校がはけて習い事のない日には、娘はオフィスにやってきます。自営業に毛が生えたようなものとはいえ、オフィスにいる人たちに気を遣わなくてよいわけではありません。自然と、態度を注意するときも短く小声になり、後から言わなければいけなくなるシーンも多い。

挨拶や感謝の言葉。うるさくしすぎないこと。何をするか。ひとつひとつは些細なことながら、親からすると躾が必要。しかし「母親」としての顔が職場で出すぎることは本意ではありません。わたしは家でも声を張り上げることはめったにありませんが、家では親の言うことを聞くのに、オフィスだと子どもは「ライン」を越えてくる。叱られないと思うからでしょう。スタッフは仕事のために来ているわけで、そこは巻き込みたくない。でも今日はナニーさんへの口調も、わたしが呼んだときの態度も目に余りました。なぜ、ぶすぶすとしているのかはわかりませんが、周りに不機嫌を伝染させているのです。

わたしが忙しいがためきちんと教育できず、周りにも甘やかされて増長させてしまっているのだろうか...。そう考えて黙ったまま車に揺られて店につきました。先ほどの言い方が母親に対して失礼だったとわかっているのか、娘はおどけて王冠にたたまれたナプキンを頭の上に載せたりして注目を惹こうとしています。こちらがしばらく取り合わないと、しょぼんとしつつも気分をコントロールしきれないようで、口のあたりをキュッとさせながら黙って本を広げようとしました。

「ちょっと待ちなさい」と、声が出ました。
「先ほどからのあなたの態度はなんですか。ナニーさんからママからみんながあなたに親切にして、ひどいことをひとつもしていないのにそんな周りに当たり散らすような態度をして。何か嫌なことがあったのなら話してくれれば聞くし、学校から帰ってきて30分くらいならまだしも、何時間も他の人たちを巻き添えにして不機嫌に振舞う権利はあなたにはないでしょう。今日のあなたのように不機嫌さをまき散らしていいことにはなりません」

娘はこっちを向いて、公衆の面前で怒られているときのぐっと堪えた顔をしています。目はちょっとうるんで、顔はきっとなり、体が硬直している。

思い出しました。わたしの妹がこうでした。末っ子ですから一人っ子の娘と一緒でみんなが気に掛けてくれる一方で、周りの介入をうるさく思うこともある。そのかわり、学校で何かあったときにも誰にも話さず、一人で数時間我慢して抱え込み、不機嫌になる。そのうちひとりで乗り越えるのですが、ときには溜まりすぎた感情がわっと堰を切って出ることもある。そんなときには、わたしに気持ちを話してくれました。

「話さない子」に、どう対応するのかというのはとても難しいことです。仕事で忙しく、子どもと正面から向き合う時間が限られているなかで、どうやって本人が言わずに抱え込んでいる話を引き出すか。わたしが表に出る職業人であることを誰よりも気にしているのは、娘だということもわかっています。多少気ままに振舞っているように見えても、彼女なりにどこかで一線を引いてママの邪魔をしないようオフィスで宿題をしたり猫と遊んだりしているのですから。その証拠に、休日は代償を求めるかのように「ママを使い倒す」ことに懸命になります。やれお菓子を作りたいとか、縫物をしたいとか、自分だけに向き合ってこまごまとしたことを一緒にやってほしいのですね。

母親としてそれなりに頑張っているつもりでいても、わたしが彼女の話をあまり引き出してこなかったのだなということにふと思い当たりました。「今日なぜあなたが不機嫌になったのか、上から三つまで言ってごらん」と、わたしは言いました。三つだけでいいから。そんな不機嫌になる理由が三つ以上もあるのかと思う人もいるかもしれませんが、これは言葉のマジックです。手が差し伸べられていても、自分ではそこに手を預けたくない。でも、ここまででいいから、と言われるとついそこまでは手を伸ばしてしまうというのが人間のさがですから。

彼女は相変わらず目を潤ませながら、ぼつぼつと話し始めました。学校で、きょう「○○ちゃんのいいところと、ちょっと気を付ければもっと良くなる点」を発表する会があったこと。自分が今日はそれに当たったこと。どうやら、ふだん仲の悪い男子に言われたことが気に入らなかったようです。集団生活ではそれぞれの言い分があるでしょうが、とりわけ自尊心の強い彼女のことですから、いたくプライドが傷つけられたのでしょう。もともと注目されることが大嫌いで、そんななかで黙って相手の指摘を聞かされるのに堪えられなかったようです。そこから、話題はわたしの幼少期の話やら、妹の小さかった頃のおもしろい話やらにどんどん移っていき、気づけば娘は笑っていました。

「二つめと三つめをママちゃんと聞いてないじゃない。二つめはね、あたしが椿姫のアリアのすごくいい所をちょうど聴いていたのに、ママがしつこく声をかけたから。三つめは寝不足で疲れていたの」。

三つと言ったおかげで、自分でも最初気づかなかった三つめの不機嫌さの理由に気づいた娘。じゃあ今日は早く寝ようね。こんなことを繰り返しながら、わたしたちは二人三脚で暮らしていくのです。

〈三浦瑠麗さん連載〉
子どもの未来をクリエイトする、国際政治学者の個性派子育て

       
  • おどける娘

  • イースター

  • イースター

          
  • イースター

  • いつものレストランで、ナプキンの王冠を被っておどける娘。

  • こちらは何年か前のイースター。軽井沢の庭でのイースターエッグハントをしました。

  • 数年前のイースター。今年もこの家で、エッグハントができるかしら。

  • 娘がまだ小さい頃のイースターも、微笑ましい思い出。

  • わたしと妹。人に気持ちを話せないで抱え込むことがあった末っ子の妹は、わたしだけにはいつも本心を話してくれました。