クリスマスに本当にほしいものは?子どもの「ずるい」に見る平等の嘘
「子どもの好き」が最大のモチベーション!な国際派子育て
- 名前
- 佐久間麗安 / Rena Sakuma
- 家族
- 4人 (11歳男の子と9歳女の子)
- 所在地
- 東京都
- お仕事
- Bright Choice編集長
- URL
- Rena Sakuma (@renanarena0513) Instagram
【「子どもの好き」が最大のモチベーション!な国際派子育て】
「兄ばかり、ずるい。」
時折、2歳年下の娘がいいます。
以前の記事で書いたように、我が家では"ヨコの関係"を大切にしています。そうすると、下の子の特性でしょうか、娘は兄が先に手にしたものと"同じもの"を欲しがることがあります。
「それ、あなたは本当に欲しいの?いま、必要?」、と親である私は問いかけたくなる。娘は年上の兄と平等な扱いを受けることと、"同質であること"を取り違えていないか、と思うのです。
もうすぐクリスマス。いま、兄は年明けのテニスの東京大会に向けて日々特訓中。みっちり2時間のプライベートレッスンがあっという間に感じられるほどの集中力は、「勝ち上がりたい」という想いと強く相関するもの。
その願いは、さすがにサンタクロースがそりにひょいっと乗せてツリーの下に届けてくれるものではないこと、年末年始の家族旅行を返上してでも、自分で叶えるしかない(あるいは叶えられないかもしれない)ということをわかっているのでしょう。
兄の背中を追うようにテニスが好きなった妹からすると、「兄ばかりプライベートレッスンをして、ずるい」そうなのですが、欲しいと願うベクトルが違えば、手に入れたところで同じような真価は得られないでしょう。コーチと一対一の状況に、2時間も集中できずに終わるであろうことは目に見えています。
豊かな都会生活はモノや情報で溢れていて、大人である私たちだって、自分が本当に欲しいものや、いま自分に必要なことが見えなくなることがしばしば。均質な性格の強い日本社会では殊更に、他人の持つ流行りのものや最新のものを、あたかも自分も持つべきであると錯覚する。
日本の公立の学校に通った私は、平等や均質であることへの強い正義感や執着のようなものを肌で感じたことがあります。みんなと同じそれを手にした時、みんなが同じ真価を感じることはないということを、幼い心ながらに実感した記憶もあります。その捻じれた執着や正義感には、しばしば出る杭を打つような、自分らしさという個性への「欺瞞」になりうるという残酷ささえ感じられたのです。
学校でも、家族でも、友人でも、兄妹でも、みんな一人ひとり違うじゃない。
お友達やお兄ちゃん、お姉ちゃんと同じものを手にする必要はありますか?
ママは、「兄と同じではないあなた」にもっと興味があるし、大切にしたい。
兄が大嫌いな、歌や演技といったパフォーミング・アーツが好きだったり、お絵描きや工作に夢中になったり、ピアノやお話が上手だったりするあなたは、とっても面白い。
もうすぐクリスマス。
あなたがそれを手にしたときに、本当に、本当に嬉しいと思えるものを、お願いしてほしい。
毎年ママから贈るクリスマスプレゼント。プレゼント選びでは、愛情をこめて、「あなたが本当に喜ぶものはなんだろう」と大いに悩むのが楽しみなのです。
〈佐久間麗安連載〉
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